【まとめ】三菱東京UFJ銀行は何銀行と何銀行が統合したんだっけ?

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2018年春に、三菱東京UFJ銀行は、三菱UFJ銀行へと名称変更が実施される方針が固まったと報じられています。

つまり、銀行名から「東京」が抜ける形になるわけですが、そもそも、「三菱東京UFJ銀行」という名前が非常に長ったらしくて不便というのが、銀行名が変わる利用のようです。

ではここで、三菱東京UFJ銀行は、どの銀行とどの銀行が統合して出来た銀行なのかを、簡単に振り返っておきましょう。

東京三菱銀行の誕生(1996年)

東京三菱銀行は、1996年に東京銀行と三菱銀行が合併し誕生しました。

◆東京銀行(1946~1996)

東京銀行は、東京都中央区に本店を置く銀行で、国内随一の外国為替銀行でした。特に、「ワリトー」などの金融債権商品に強い銀行として知られていました。なお、創業時の行名は横浜正金銀行で、戦後にGHQの命により解体し、新設した東京銀行が継承しました。

◆三菱銀行(1919~1996)

三菱銀行は、東京都中央区に本店を置く銀行で、日本の最大手財閥である三菱グループの銀行でした。かつて大阪で、行員や客ら約30人を人質にして立てこもる銀行強盗事件の被害に遭ったことでも知られています(三菱銀行北畠支店)。「警察密着24時」のような過去の大事件を紹介するテレビ番組でよく見かけますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

UFJ銀行の誕生(2002年)

UFJ銀行は、2002年に三和銀行と東海銀行が合併し誕生しました。

◆三和銀行(1933~2002)

三和銀行は、大阪市に本店を置く大手都市銀行で、主に関西で絶大な経営基盤を持つ銀行でした。個人向けはもとより、大手から中小零細まで、法人との取引も盛んな銀行でした。また、三和銀行グループ内に東洋不動産という不動産部門や、三和総合研究所というシンクタンク部門も有していました。なお、三和銀行自体も、元々は山口銀行(山口県の銀行ではなく山口財閥が経営する銀行)、三十四銀行、鴻池銀行による合併によりできたもので、三つの銀行の合併(和)が三和の語源という説があります。

◆東海銀行(1941~2002)

東海銀行は名古屋に本店を置く大手都市銀行で、文字通り東海地区に強みを持つ銀行でした。なお、東海銀行自体も、愛知銀行、名古屋銀行、伊藤銀行という3行が統合してできた銀行です。

三菱東京UFJ銀行の誕生(2006年)

三菱東京UFJ銀行は、2006年に東京三菱銀行とUFJ銀行が経営統合してできた銀行です。

英語表記では「The Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ」ですので、略すと「BTMU」なのですが、当初から、グループ名としてMUFG(Mitsubishi UFJ Financial Group)と略して記されることのほうが多く、店舗やパンフレット、あるいはウェブサイトなどにもMUFGの表記が踊っています。そのため、BTMUという略称はほとんど馴染みがないですし、むしろMUFGという、いわば「TOKYO抜き」の略称を使っていることからしても、もしかすると、いずれは銀行名から「東京」を抜く日が来ることを想定していたのかなとも想像します。

いずれにしましても、利便性の観点で銀行名を短くする名称変更によって、かえって混乱等が起きることのないよう、万全の態勢を図っての移行をお願いしたいと思います。

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